トカラ列島トカラ馬2 ~和馬日和(なごんまびより)~

トカラ列島中之島には日本在来馬「トカラ馬」が飼育されています。小さな島の小さな馬たちの様子をご紹介します。

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喜界馬

8時間労働は日本の企業で発想されたものだといいます。
従業員に無理なく働いてもらうため、1日のうち8時間は睡眠に・8時間は仕事に・8時間は
余暇に当てるのが健全と。
でも、どうなんでしょうねえ、8時間労働の日は同じ8時間でもなんだか余暇の時間のほうが
短く感じるのは。
日が短いせいと、心のゆとりのなさか。

前回までのブログ、早く報告をしてみなさんに見てもらおうとあせって書いたので、なんだか
論点ゆるゆるですね・・・。
申し訳ないですが、しばしお付き合いを。

喜界馬の話



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↑ガラスケースが映り込んじゃってなんだかさえない写真でごめんなさい。

喜界町中央公民館には資料館が付属しており、
中央公民館の入口で資料館を見せてもらう受付をします。
そのロビーに喜界馬と呼ばれる剥製が大きなガラスケースの中に置かれています。
以下はそれに添えられていた説明文の写しです。

「喜界島といえば馬、馬といえば喜界島といわれるほどその昔馬の産地として有名
であった。
喜界島の馬は時代の移り変わりによる農業の機械化普及と共にその影は年々薄ら
いで最後の1頭にまでなり、ここに剥製にして保存するものであります。
記録による喜界馬は安永(1775)の頃より飼われていたようですが、明治に入ってか
ら繁殖生産がされるようになり、特に喜界馬のよさは肢蹄の強いことで広く知られ、
戦時には軍馬の生産地として移出し、島の農業生産の上にも馬なくして農業なしと
いわれるほど使役用と堆肥増産に、また、産駒生産による換金面に大きく役立ち、
農業経営上家族の一員とまでに言われたほどの愛おしい動物でもあります。
各集落に国有、県有の種牡馬が飼われ島内3000頭余の飼育がなされ、名実共に
国内有数の馬産地であったことを記すことにしました。

剥製馬(鹿毛、雌馬、年齢26歳)は栄元太郎氏が町に寄贈し、町が平成2年(ウマ年)
に於いて永久に保存するため剥製製作しここに保存する  (平成2年12月  喜界町)」

未改良の馬をかつての「喜界馬」と呼ぶのだとしたならばこの子はそうではありません。
ただどうやら、島民の心の中では喜界で生まれ育った馬のことを喜界馬と呼んでいるようなので、
この子は立派な喜界馬です。

明治30年ごろ喜界島から農耕馬として未改良の馬が宝島に導入されました。これが現在の
トカラ馬の始まりです。
考えてみると、当の産地ではかえりみられなくなった在来馬の特徴を図らずもトカラが引き継ぎ、
そして残した。
トカラ馬の形質が今ここにあるのは奇跡のようです。
「トカラ」は「宝」がなまったものだという説もありますが、トカラ馬は宝馬そして奇跡の馬だとも
言うことができるのではないでしょうか。

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↑公民館に展示されている農機具(馬具)はそのほとんどが大型の馬のものでした。
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  1. 2009/02/20(金) 23:06:40|
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