トカラ列島トカラ馬2 ~和馬日和(なごんまびより)~

トカラ列島中之島には日本在来馬「トカラ馬」が飼育されています。小さな島の小さな馬たちの様子をご紹介します。

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馬が日本列島にもたらされた歴史はいくつか考えられますが、
古墳時代のものと思われる出土品の埴輪や馬の骨などから朝鮮半島からの人の移入に伴った
ものだと考えていいと思います。
その後日本では騎馬民族のように爆発的に頭数が増えることもなく、一部の階級層に重点的に
管理されるか、牛と同じように農耕用などの使役目的に飼われることで受け継がれてきました。
南西諸島ではどうだったのか、薩摩ではどうだったのか、今回、薩摩藩の馬政について資料を
県立図書館に求めたところ、『鹿児島県畜産史』という本を得ました。ただ、発行が大正2年で古い
文語が読解し辛く、単語単語を拾ってゆくまるで英文訳のようなありさまです。
ほとんど読みきれませんでしたが、まあだたたい雰囲気でわかるところは(なんておおざっぱな)、
島津家は馬政に熱心であったこと、そのために人間側の嗜好を満たすため早くから改良が盛んだったこと。島嶼では部分的に地理的条件の中でその改良が遅れたこと。
などです。それぞれのお殿様(島津家は初代忠久(源頼朝の子)から30代忠重まで続き、篤姫
で有名な照国のお殿様“斉彬公”は28代)の治世で起こった馬の逸話が詳しくかかれていて、
軍馬として政治的に重要な位置付けがされていたことを思わされました。

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まあ、そんなこんなで喜界島から鹿児島に戻り、島では子馬が
生まれていることも知らず、図書館や美術館や乗馬クラブなどをまわっていたのでありました。
車検が早く済み、移動に使えたので買い物もしました。とくに本屋さんは楽しくて、これからやりたいことについて書かれた本は全部欲しくなってしまうありさま。そんな金は無い。
普段島ではお店が無くて買えなかったものをみるとついついですが、見ている間に時間は経ち。
早々に帰りのフェリーに向う時刻となりました。
帰りはフェリーとしまがドックに入ってしまっていたので、代船フェリーみしまに乗ります。
受付はとしま待合所。乗るところはみしま側(みしまととしまは同じ南埠頭ですが、岸壁は左右
に分かれているのです)。
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「フェリーみしま」
いつもフェリーとしまがドックのときに代替船としてきてくれる
フェリーみしま。
今回はじめて乗りました。
としまよりは小さく、揺れもあるようです(が、今回は爆睡だったので気付かず)。
3階に大きなロビーがありました。
最上階のデッキにはベンチが何台も設置されていました。客質には土地の植物の写真が飾られ
ていました。
三島村は鹿児島港から近いし、乗って3~4時間くらいなので旅情を楽しむにはいい感じなのでは
と思いました。
おみやげ物としてカメリアソープなどのつばき製品が並んでいました。


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  1. 2009/02/22(日) 20:19:29|
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